廃墟シリーズpart6

東武東上線沿線、埼玉県東松山市に、人知れず存在する廃墟が二箇所あります。
一つが『東松山遊園地』跡。もう一つが『岩窟ホテル』です。
part3で『福島県いわき市 照島ランド』を紹介したんで、今回は遊園地は置いといて、というか、現在はこの『東松山遊園地』跡は草木が鬱蒼としげっていて、かつてこの場所に遊園地が存在した事さえ難しい状況なんです。
画像
で、今回は『岩窟ホテル』にしぼってお話します。
なにより、自らを人口名所と名をうっている岩窟ホテルのエントラント(受け付け)です。 今では落書きされ無残な感じもしますが、それも趣といったところでしょうか。
そもそも、この『岩窟ホテル』、『ホテル』の意味ではなく、多くの人が「岩窟掘ってる」と言ったのに由来しているんです。なんとも洒落た発想です。
しかも、ここは宿泊施設ではなく、醸造用の冷蔵庫だったんです。
さて、この『岩窟ホテル』で一番驚かされたのは、何とたった一人の男が21年間もかけて、この岩窟を掘ったという事実です。
画像
高橋峰吉(1858~1925)という一人の百姓が、子供の頃に洞窟の中で腐敗した野イチゴがアルコールの香りを放ってるのを見て醸造用冷蔵庫を作ろうと思い立ったのがきっかであるらしい。そして、明治37年から大正14年までの21年間、高橋氏一人で一挺のノミだけを使って岩中にビルを建設した。
中は階段で結ばれて数室があり、窓は勿論、室内装飾や花瓶などが掘り残す形で作られていて、作者の思い入れが感じられます。変人と思われていたかも知れませんが、他人がどう思っても、俺はやる、というロマンと執念が感じられます。
実は、後に間口23メートル三階建てのビルにすべく計画し、完成までに150年かかる予定だったそうですが、結局は『巨大岩窟ホテル』計画は幻に終わってしまいました。

現在、『岩窟ホテル』内は二階に上る階段の途中で行き止まりになり、奥の方の部屋でも水が溜まり、洞窟湖の様になっているため危険な状態で、かつては一般公開されていましたが、内部で落盤が起こり13年ほど前に閉鎖され、周りにフェンスが張られ中に入る事はできません。
画像
左の写真は1934年頃の絵葉書の画像です。
『本物の岩窟王』の描いた夢・・・頭が下がります。

皆様の家のそばにも、人知れず存在する頑固者の作った廃墟が存在してるかも知れません。

この記事へのコメント

ツジ
2006年11月23日 03:02
うお、お、、
何ですかこれ。
自分も子どもの頃は草むらに秘密基地をつくったりしましたが、それ以上のワクワク感を21年間も味わっていた訳ですね峰吉さんは!!!
バニバニ
2006年11月23日 10:30
Σ( ̄[] ̄;)!ホエー!!
すごい。
こんなとこがあるんですね。
オバケ屋敷より怖くない。。。。。

入れないんだ・・・・・
覗いてみたいけど、残念ですね。
boo-zhoo
2006年11月23日 12:56
>ツジどん
すげ~べ?
峰吉、あなどれね~!

>バニバニさん
怖くはないですよ。
一般公開されてた頃の内部写真がネットを検索すると、いろいろでてきます。
是非、必見です。

この記事へのトラックバック

  • プラダ メンズ

    Excerpt: 廃墟シリーズpart6 Boo-Zhoo & Rusty/ウェブリブログ Weblog: プラダ メンズ racked: 2013-07-10 03:50